問題はメンバーがAIを使うことではありません。書くことが無料になった一方で、読むことは高いままだ、ということです。作るのにコストのかからなかった投稿でも、ほかの全員の注意力は変わらず消費します。そして、その不均衡が最初に表面化する場所がコミュニティです。
この件について書かれた方針のほとんどは、同じ理由でうまくいきません。読む価値があったかどうかではなく、どう書かれたかを取り締まろうとしているからです。
見分けはつきません。そして見分けようとすること自体が害になります
ここから始めます。以降のすべてがこの前提の上に成り立っているからです。
検出ツールは信頼できるかたちでは機能しませんし、その誤りはランダムでもありません。英語を母語としない書き手、堅い文体で書く人、文章が精密な自閉スペクトラムのメンバー、テンプレートを使う人を、検出ツールは軒並みフラグします。検出ツールの出力をもとに動くコミュニティは、こうした層に偏って無実のメンバーを告発することになります。そして誤った告発は一件ごとに、何もしていない人を一人失わせます。
自分の直感のほうが優れている、ということもありません。機械が書いた文章を自信をもって言い当てるのは、ほとんど誰も持っていない技能です。自分にはできると確信している人も含めて、です。だからこそ本記事の残りは、確かめようのない書き手の正体ではなく、観察できる振る舞いの話をします。
実際に何が問題になっているのか
本当の不満に名前を付けてください。「AIっぽく感じる」は、それぞれ別の対処を要する3つの問題の代理表現だからです。
当事者性のない量。これまで関わってきた形跡のないトピックに、1時間に6本もの長い回答を投稿する人がいます。問題は文章そのものではなく、その背後に誰もいないことです。
自信に満ちた誤り。流暢で、構成が整っていて、もっともらしいのに、内容が間違っている回答です。明らかに出来の悪い回答よりも厄介です。気づくには専門家が必要で、信じてしまうには初心者で十分だからです。
水増し。1段落で足りるところを4段落にし、答える前に質問をなぞり直す。メンバーは理由を言葉にできなくても、これを軽んじられていると受け取ります。
4つの方針
実際のコミュニティとの接触に耐えるのは、このうち1つだけです。
| 方針 | 何を捕まえられるか | 何を失うか |
|---|---|---|
| AIの使用を全面的に禁止する | 確実に捕まえられるものはありません——執行できないからです | 翻訳や推敲のために使っただけの誠実なメンバー |
| 開示を義務づける | 良心的な人だけ。その人たちはもともと問題ではありませんでした | 失うものはわずかですが、得られるものもわずかです |
| 検出ツールを使う | 偽陽性。しかも英語を母語としない書き手に偏ります | 信頼と、誤って告発してしまったメンバー |
| 労力と説明責任で判断する | あなたが実際に問題だと感じている振る舞い | モデレーターの判断力。これが本当のコストです |
4つめだけが、機能もし、なおかつ公平でもある方針です。しかも、労力の乏しい人間の投稿もすでにカバーできるという有用な性質があります。そちらはこの一連の話が始まるずっと前から問題でした。
機能するテスト——追加の質問に答えられるか
説明責任は観察できます。誰が書いたかは観察できません。
詳細な回答を投稿した人が「なぜ別のやり方ではなく、そのやり方を選ぶのですか」に答えられないなら、その投稿は——何がそれを書いたかによらず——重要な意味において本人のものではありませんでした。自分が本当に理解している回答の下書きにモデルを使った人なら、追加の質問にも難なく対応します。そういう人はあなたの問題ではありません。むしろ良質なメンバーの一人かもしれません。
このテストは、公の場で明言しても差し支えないという点でもほかとは違います。「自分の投稿の内容に責任を持てること」なら行動規範に書けます。「機械のように聞こえる書き方をしないこと」は書けません。
AIを禁止すると、まず非ネイティブのメンバーが締め出されます
この帰結は予測できるのに、決まって見落とされます。
3つめの言語で書いているメンバーにとって、モデルは参加するか黙っているかの分かれ目です。ディスレクシアのある人にとっても、自分の職業上の語り口の外側で書く人にとっても同じです。AIの禁止は、悪意ある投稿者を1人減らすより先に、そうした貢献のほうを消してしまいます。悪意ある投稿者はルールを無視するからです。
コミュニティが複数の言語にまたがるなら、流暢さの補助は正当なものとして扱い、そのことを明示的に伝えてください。そうしなければ、あなたのルールは「自信のある英語で投稿するか、さもなければ投稿するな」という意味を静かに帯びます。それは多言語コミュニティの運営で論じた結末そのものです。
投稿のコストを、少しだけ上げる
構造的な打ち手は、モデルが単独では供給できないものを求めることです。
何を試したか、何が起きたか、どんな制約があるか——具体を求める問いかけは、その経験を持つ人にしか書けない回答を生みます。一般的な質問には一般的な答えが返ってくるもので、それは昔からそうでした。今回の洪水はそれを目に見えるようにしただけです。
投稿することよりも、返信することに報いてください。量を称えるコミュニティには量が集まります。そして量はいまや無料です。難しい質問にうまく答えた人を目に見えるかたちで評価するコミュニティには、より少なく、より良い投稿が集まります。その仕組みはコミュニティエンゲージメント戦略にまとめてあります。
ただのスパムなら、スパムとして扱う
オーナーがAIの問題と呼ぶもののかなりの部分は、新しい流暢さをまとった古い問題です。
宣伝投稿、リンクファーム、9つの無関係なスペースにまたがって投稿するアカウントは、人が書いたかモデルが書いたかによらずスパムです。ここは簡単なケースです。ルールベースで処理でき、判断は要らず、誰が書いたのかを考える必要もまったくありません。自動化が本当に役立つ範囲についてはコミュニティのAIモデレーションをご覧ください。
これを切り分けることには意味があります。本当に判断に迷う投稿の山がずっと小さくなり、その山なら人間が読み切れる大きさに収まるからです。
同じルールを自分にも適用する
オーナーもモデルを使ってお知らせを書きますし、メンバーはあなたの声を知っている分、そちらのほうが気づきやすいものです。
基準はメンバーに求めているものと同じで、自分で責任を持てるかどうかです。機械に下書きさせたお知らせでも、自分で手を入れ、書いてある内容を本気で言うつもりがあるなら問題ありません。機械に下書きさせた謝罪はそうではありません。理由はオンラインコミュニティのモデレーション方法で扱ったとおりで、謝罪の価値はまるごと、人が自分で言葉を選んだという点にあるからです。
メンバーからの直接の質問に、自分が答えたかのようにモデルに答えさせてはいけません。それが間違っていた場合、どのみち回答の責任はあなたが負いますし、しかも自分で読んでもいないものに信頼を使ってしまったことになります。
ルールは振る舞いの言葉で書き下す
3行でほぼすべてのケースをカバーできますし、そのどれもAIには触れていません。
自分で責任を持って議論できることを投稿すること。投稿を大量に流し込まないこと——よく考えられた数本の投稿は、走り書きの多数に勝ります。自分の経験でないものを、自分の経験のように示さないこと。こう書けば、このルールは投稿を水増しする人にも、投稿を貼り付ける人にもまったく同じように適用されます。それがまさに正しいあり方です。コミュニティはどちらも同じものとして経験するのですから。
開示の慣習も併せて置きたいなら、強制ではなく社会的な規範にしてください。下書きをモデルに手伝ってもらったと誰かが口にするのは健全ですが、口にしたかどうかを取り締まるのは健全ではありません。意図をもって導入する方法はコミュニティでAIを活用する方法をご覧ください。
結論
機械が書いた文章を見分けようとするのはやめてください。見分けられませんし、その試みは何も悪いことをしていないメンバーにいちばん強く当たるからです。
投稿はその人が責任を持てるかどうかで判断し、明らかなスパムはスパムとして扱い、本物の具体を必要とする問いを立て、自分自身のお知らせにも同じルールを適用してください。この状況をうまく切り抜けるコミュニティは、産出量ではなく説明責任を中心に据えていたコミュニティです。そうでないところは、安い言葉の洪水に対して、それを生成できるものが現れるずっと前から脆弱でした。